アザレア
業界では先見の明があると噂される遣り手の誠でさえも、この状況は想定外だったに違いない。

ただただ八嶋さんを見て固まる私の背後からは、微か――だけれど確かに、舌打ちの音が聞こえた。


『お……オークションの事だけど』

暫し絶句していた八嶋さんは、曲がりなりにも切れ者集団である創設者の一人で、誠の友人でもある。

言い間違えた、と笑っていたけれど、あれは言い間違えなんかじゃない。
明らかに言い換えていて。


それはつまり私に知られてはいけない事なのだと悟ったから、私は適当に話を合わせその場をやり過ごし――誠は隠すのを諦めたかのように、翌日から私の前でも指輪を嵌めるようになった。


それからずっと聞けないままでいる。

――誠が生涯添い遂げると誓った筈の相手の事を。
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