失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
「ささ、吉沢くん、チューニングもまだなんだからそろそろ準備入ってよ」
「はーい。そうします」
彼はそのままの格好でステージに上がると、ケースから楽器を取り出して調律にはいった。チューナーやピアノも無しに軽く合わせてからピアノの鍵盤を1回叩いただけで終わらせてしまった。
うわ、早い。
うちの大学の弦楽器の人だってもっと時間かかってるよ…。
「彼の演奏、聴いてって損はないよ。勉強になると思う」
酒井さんの言う通りだった。彼の演奏は今までわたしがここエリザで聴いてきた他の演奏家の中でもピカイチだった。
酒井さんが突然代わってくれなんて言うのもわかる。
わたしなんか足もとにも及ばない。
基本の持ち時間の40分がすぐに過ぎていってしまった。
グラスが空になると酒井さんが「試作品」とか言ってカクテルを出してくれるものだから、ついつい飲んじゃったし。
なるほど、音楽によっても酒の進み具合が変わってくるのかぁ。
わたしの時のお客さまの反応ってどんななんだろう、と急に不安になり始める。
「マユちゃん、将来の事とか考えてるの?」
手の空いた酒井さんがわたしの方に顔を向けてそんなコトを言った。
「うーん、まぁ、就活もぼちぼち始めてますよ」
「えっ?就活って、マユちゃん音楽でやってかないの?」
「だって、音楽で、って相当キツイですよ。わたしはそんな天才肌じゃないから尚更食べていけないし。やめる気はありませんけど、趣味程度にはなっちゃうだろうなって」
わたしの発言に驚いたのか、酒井さんは「えーもったいない」とか言ってる。
正直、そんな風に思ってくれていたというのが不思議だった。
音大卒業生のほとんどが卒業後は無職だったり全く関係ない仕事に就いたり、と現実はかなり厳しかった。