失恋レクイエム ~この思いにさよならを~
「羽賀くん?」
「ちょっと、すみません」

腕に絡まる谷津さんをはがすように逃れて俺は早歩きで彼女の元まで進む。街灯でようやく見えたその人の顔はやっぱり時森さんで、彼女は不安げな瞳で俺を見上げた。

「どうしたの?こんな遅くに」
「や、あの…その…たまたま近くまで来たんで寄ってみようかなって…思ったんですけど…すみません、お邪魔でしたよね」

チラッと彼女の瞳が俺の後ろに注がれる。谷津さんを俺の彼女だと勘違いしているのだ。こんな夜中に家めがけて歩いていれば誰だってそう思う。

「いや、全然邪魔じゃない」
「え、でも…」
「だぁれ、この子」

もう半ば千鳥足の谷津さんが俺に抱きつくようにもたれかかって、目の前の時森さんをキッと捉えた。蛇に睨まれたカエルみたいに怯えて一歩下がる時森さん。
なんだ、この図は。
別にやましいことなんてこれっぽっちもないのに、なんだか立場が危うい俺。

「わたし、帰りますっ」
「ちょっ、待った!」

走り去る彼女の腕をかろうじてキャッチしてそれを阻む。
もういちど谷津さんをはがし、2、3歩彼女から離れて時森さんに耳打ちした。

「この人、近所に住んでて、送ってく所だったんだ。ホントそれだけだから、ちょっと部屋で待っててくれない?…ダメかな」
「…わ、わかりました」

良かった…。

電話しようと思っていた相手にせっかく会えたのに何も話せずに帰すなんてもったいない。俺はしぶしぶって感じの時森さんの気が変わらないうちに鍵を預けて、ちゃんと部屋に入って中から鍵をかけるようにと言付けておく。

そして俺は谷津さんの所に戻って、渋る彼女を促して歩を進めた。

「やっぱり彼女いたんじゃない」

 予想していた言葉に俺はキッパリと「彼女じゃないです」と返す。

「じゃぁなに?」

なに…?って聞かれても…。

「なんなんでしょうね…」
「なにそれ」
「谷津さんの家、この辺じゃないですか?2丁目ですよね」

 電信柱に印される住所を指差して俺は言った。

「うん、もうすぐそこ。あーあ、残念。羽賀くん狙ってたのになー」
「狙い甲斐なくってすみませんでした」
「ホントよー。うちそこだからココで良いわ。ありがとう送ってくれて」
「いえ。じゃ、おやすみなさい」

谷津さんが歩き始めたのを見てから踵を返して、時森さんの待つ自分の家へと向かう。
不思議と心が軽かった。

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