ワイルドで行こう

 矢野専務に背中を叩かれる。
「悪かったな。巻き込んで」
 でも琴子は首を振る。
「いいえ。私もやりたかったので、有り難うございました」
 だが、矢野専務はもう、琴子を上から冷たく見下ろしていた。
「この炎天下、私、やっぱりダメですとギブアップなんてしてみろ。英児の二階部屋に出入りできても龍星轟には出入り禁止。いっさい関わるな」
 女の琴子にも、車のこととなれば容赦なく恐ろしい目、ギラッとガンを飛ばしてくる矢野さん。……こ、怖い。やっぱり元ヤン親父だと琴子もおののいた。
 でも琴子も腹を据える。
「勿論です。やってみたいと言い出したのは私ですから」
「まあ、英児ががっかりする顔が今から浮かぶわ。車に関しては完璧主義のアイツがガタガタって崩れるところなー。いやー、楽しみだわー」
 矢野さんがニンマリ意地悪い笑みを見せる。琴子は密かにむっとした。綺麗に仕上げられなくても、英児は英児は。……どうなんだろう? やっぱりがっかりするのかしら? 琴子も不安になる。
 
 さあ、はじめるぞ。矢野さんの合図で、琴子も動き出す。
 
「まずは、洗車だ」
 店先にある業務用のジェットホース。それを持たされる。もう一本は矢野さんが。
「しっかり構えろよ」
 出てきた水圧にびっくりしながらも、琴子はなんとかホースを手に矢野さんと車に向かう。
「まず、埃を落とす。砂利みたいな小さな埃が残ったままスポンジでこすると、たとえ車に優しい『手洗いワックス洗車』でもボディに傷が付くことがあるからな」
「はい」
 ホースで水洗いを済ませると、今度はスポンジと業務用のウィッシュ液でボディを洗浄。半分は矢野さんがお手本がてらやってくれるが、その仕事がすごく速い……! 琴子は丁寧にしているつもりだけれど。
「遅い! 丁寧っていうのはな、綺麗に出来るまで、いつまでも頑張ることじゃねーんだよ! 勘違いするな!」
 店の敷地中に響く声で怒鳴られ、琴子は背筋が伸びる。

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