ワイルドで行こう

「はい、専務!」
 でもお腹から声を出して応えた。そして素早くスポンジを動かす。
「終わったら。ホースで洗浄」
「はい」
 泡に包まれたスカイラインを、ホースで洗い流す。半分は矢野専務、半分は琴子が。
 その時、矢野さんがふと呟いた。
「姉ちゃんを怒鳴りつけて、腹を立て整備を放ってまた出てくるかと思ったけど。あいつも肝据えたみたいだな。ガレージから出てこなかった」
 可愛い彼女の琴子を怒鳴りつけ、それに腹を立て庇おうと出てくるぐらいの男なら、また怒鳴りつけてやろうと思った。そう小声で囁いた矢野さん。つまり琴子を怒鳴ったのは、気持は指導する以上本気だが、半分は英児がちゃんとガレージでドンと構えていられる経営者かどうか、集中できるかどうかを試していたようだった。なんとか合格のよう。
「姉ちゃんも、案外めげないんだな」
 怒鳴っても泣かなかったなあと矢野さん。英児に似た男らしく目尻が優しい笑顔を見せたので、琴子はどっきり思わずときめきそうになった。
 ホースで足回りもちゃんと洗い流しながら、琴子も笑う。
「いまでこそ。好きな服でお洒落をして仕事をしていますが、それもデザイン会社社長のアシスタントにして頂いてからです。それまでは、私もどちらかというと、職人に近い手作業の生産業務だったんです。使っている道具には服に付いたら絶対に取れないインクをつかったり、真っ赤なペンをつかったり。汚れるからお洒落なんてできなかった。それに、その手業を教えてくれたのも職人堅気なおじさん達でした。厳しかったですよ」
 だから、おじさんの嫌味な言い方とか怒鳴る声は慣れている。そう告げると、矢野さんがちょっと驚いた顔をしていた。
「そっか。そうだったのか。なるほど――それで、三好ジュニアのアシスタントになれたってわけか」
 そして矢野さんが言った。
「見た目で決めたら駄目だな」
 その意味は、良い意味と取って良いのだろうか。 

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