ワイルドで行こう
洗車をして、濡れた車をたった一人で拭いている間も、琴子は嬉しくて嬉しくてどうしようもなかった。
そんな琴子を黙って眺めているせいか。矢野さんが途中でぽつりと言った。
「もう今までの女なんて関係ねーってわかっただろ。英児がシルビアを触らせてくれたんだから。あいつ、琴子のこと堪らなく好きだと、おっちゃんはそう思うなあ」
そんな言葉も嬉しく。でも琴子は聞こえなかったふりで作業をする。でも矢野さんは独り言のように続ける。
「琴子のようなお育ちが良いお嬢ちゃんに似合いそうな大手にお勤めの高学歴な野郎じゃないけどよ。自動車専門の大学校を出て、国家試験の資格もいろいろ持っているし技術もあるしさ。こうして店ももっているしさ……」
まるで。息子を庇っているかのように琴子には聞こえた。
濡れた車を拭き終わり、琴子は座って独り言に懸命だった矢野さんに真っ直ぐに見つめて告げる。
「私、英児さんに出会う前、お見合いのお話いただいていたんです。『高学歴で、お家柄の良い、大手にお勤めの男性』。その男性が、男親も亡くなった上に後遺症を抱えている母親と二人だけで暮らしている女性は、母親の世話の為に実家にばかり帰るだろうからお断りと、向こうから話を持ってきたのに会う前に断られたんです」
聞いた途端、矢野さんも『はあ? なんだって』と顔をしかめた。
「高学歴で、良いお家柄で、大手にお勤め。私にはその価値がどれだけ良いものかさっぱりわかりません。まったく魅力を感じません」
だから。英児という男を愛している。その顔を向けると、矢野さんはもう黙ってしまった。
最後、いよいよ琴子はワックスがけに入る。愛する男から託された車を、綺麗にするクライマックス。
「よろしく。英児シルビア」
事務所前、アウトドア用の折りたたみ椅子に座って監督をしている矢野さんの死角になる影で、琴子は紺色のボディにそっとキスをしていた。