ワイルドで行こう

 英児はなんでもすっぱりしているはずだから、何度も着信を残すような連絡をするぐらいなら、たった一度の連絡で。でも、そのたった一度できっちり伝える。そんな気がする『たった一件の着信』。それに伝言も短い。でも琴子は『心配するな。また連絡する』の一言だけで締め付けられていた胸が、ふわっと緩んだ気がした。
 ――ごめんな。ほんとうに、ごめんな。
 たった一言。それをもう一度再生して、琴子はひとり頷いた。そこに彼がいるかのように、頷いた。
 それだけで。昨夜の嫌なことが少しだけ薄れていくような気がした。
 ――心配するな。また連絡をする。
 短い伝言。彼らしい……。
 でもそれだけで、離れていても繋がっているように感じられた。
 やっと、隣の空気が暖まってきたように思えた……。
 電話を返したいけれど。『一筋縄ではいかない』と言っていた。まだ、千絵里さんと向き合っている最中。そこへ琴子が連絡をしたら……。
 なんでだろう。まるで自分が彼を寝取った愛人みたいな……。でも琴子はその悔しさを、『後に愛された女』の悔しさをかみしめ、何とか堪えた。
 大丈夫、私も。待っている。
 もう一度言いたかった……。
 置いてきて、ごめんね。傍にいられなくて。許して。嘘を言ったこと。
 そう伝言に残したい。
 だけれど。やはりいまはそっとしておくのがいい気がした。
 鍵を使って侵入してきたほどの女性。触ればまた何が起きるか恐ろしくて……。
 雷の音が真上で響く。いま、どしゃぶりの中にいる、私たち。でも隣は暖かい。
 そっとそっと思い出す。夕立の彼の匂いを――。
 
 予想通り、夕方になると雨が止み、雷鳴は遠のき、雲間から夏の光が差し込んできた。
 庭の木に止まった蝉がまた鳴き始め、徐々に外は晴天の活気を取り戻す。
 その時には琴子はもう。机の上にあるパソコンを立ち上げ、あるものを調べることに没頭していた。
 ――決めた。英児が頑張っている間。私も頑張ろう。
「お母さん、雨あがったでしょう。送り火を焚こう」
 琴子から声をかける。母のほっとした顔に、琴子も微笑む。
 そして。厳かながらも賑やかに飾られた盆棚にある父の遺影にも。
 もう二度と。あんな落ち込んだ暗い日々に戻りたくない。
 お父さん。彼のお陰でせっかく立ち直ったから。お母さんと元気にやっていくからね。
 だから。安心して帰っていいよ。また来年。

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