ワイルドで行こう
「さ、帰るか」
 気恥ずかしいのか、携帯をぱぱっとポケットにしまうと彼が行ってしまいそうになる。
「あの。よろしかったら、お礼に。お食事でも」
 思い切って告げた。だけど、彼はあまり快くない顔を見せている。
「俺がしたくてしたんだ。これっぽっちのことにまで、『遠慮』しなくていいんだよ。琴子さん」
「違うの。本当にお礼がしたいの。滝田さんにとって、いつも通りのなんの変哲もない言葉を言っただけかもしれないけど、私には……とっても救われた言葉がいっぱいあったの。だから」
「……それだけでいいよ。礼なんて」
 つまり。琴子には別に、また直ぐ会いたいほどでもないということらしい。……いや、違う。琴子でなくても『誰であっても同じ手助けをした』だけのこと。彼に下心なんて一切無い証拠。だから礼はいらないと言っている。
 でも、だからこそ。嘘偽り無い彼の気持ちだからこそ……! 琴子も携帯電話を握りしめる。
「私、絶対に連絡しますから」
 今までの自分からはあり得ない積極性だった。これって彼の影響? それとも……。
 だけど目の前の兄貴は――。あの優しい笑みを浮かべている。
「わかった。楽しみに待っているよ」
 また彼と会える――。既に嬉しい自分がいるだなんて。
 私、こんなに簡単でいいのかな。ふと、そんな戸惑いが湧いた。
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