ワイルドで行こう

「でもさあ。どの子も可愛いのは確かだけど。年離れて生まれた末の男の子って、余裕を持って育てているせいか、やっぱ可愛いのよ。英児君のお母さんも、きっとそうだったと思うよー」
 母親と似た境遇で子育てをしている女性がそういうから……。英児も久しぶりに死んだ母の優しい顔を思い出してしまう。
 だがそこで、後部座席にいる末っ子がついにぎゃーっと泣き出してしまう。
「あーあ。もう、可愛いと言っても、やっぱり二歳は反抗期で難しいんだよね。やれやれ。せっかく英児君に会えたのに邪魔してくれたな」
 なんて言いながらも、香世も笑って後部座席のチャイルドシートから泣き叫ぶ男の子を抱き上げる。
「じゃあよ。代車の後部座席にチャイルドシートを付け替えておくな」
「うん。有り難う」
「寒いから中で待っていろよ。武智がコーヒー入れてくれると思うから。子供にもなんかあると思うよ。あいつ香世が来るからってジュースとか準備していたからさ」
 そこでちょうど良く、事務所のドアが開き矢野じいが出てきた。
「おう、香世。久しぶりだな。末っ子、でかくなったな」
 矢野じいも笑顔で手を振り迎える。
「矢野じい、久しぶりー。また今回もお世話になりますー」
「いつも有り難うな。うちを使ってくれて。おう、ボウズとこっちきな。寒いからよ、早く早く」
 矢野じいの気が良くなるのも、香世と英児が付き合っていた当時を知っていることもあるし、その後別れても二人が同級生としてつつがない縁を続けているのをずっと見守ってきたからでもあった。
 子供を抱いて、香世も事務所へと向かおうとしているのだが。車のキーを預かり、運転席に乗り込んだ英児へと振り返る。
「結婚、するんだってね」
「ああ。やっとな」
「もう同居しているみたいね。いま……いないよね。彼女」
 香世の目が龍星轟を見渡し、最後に英児の二階自宅の窓へと向けられる。
「いつも仕事に出ている」
 熱を出して実家にいるまでは言わなくて良いだろうと、英児は普段の彼女のことを教えるだけ。
「歳、離れているの?」
「いや、同じ三十代だけど。四つ下かな」
「仕事、なにしているの」
「デザイン事務所社長のアシスタント。秘書みたいなもん」
「へえ。三十代までずっと働いてきたキャリアウーマンなんだ」
「そこまで粋がっていない。真面目にお勤めを続けてきたOLさんってかんじだよ」
 ふうん、と呟くと香世はさらっと子供と一緒に事務所に行ってしまった。
 なんだよ。あの詰問みたいなの。英児は眉をひそめた。
 
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