ワイルドで行こう

「もうびっくりしましたよ。今日のお昼に琴子先輩から連絡があって『大晦日に入籍したから』なんて。あの琴子さんが、そんな『突発的なこと』を決行するだなんて本当に信じられない。でも『それが英児さんだから』とか惚気られちゃって」
「いや、その。はい、自分はそういう男なもんで」
 だが、紗英はまた元気いっぱいの輝く瞳と笑みで英児に向かってくる。
「いいえ! もう私、すっごい感動しているんですよ。ほんっとうに滝田さんて、琴子さんを連れ去るロケットみたいですね。あ、ロケットって……琴子さんがそう言っていたんです。彼といるとロケットに乗ってすっ飛んで行くみたいだって……」
 女の子同士、気兼ねない会話の中では、あの琴子も自分の気持ちをすらすらと伝えてしまっているよう。紗英の背後にいる武智が『ぷ』と笑ったのが見えた。
 眼鏡の後輩の目が『ほんと、ほんと。ロケットみたいに琴子さんを乗せて、大晦日に入籍しちゃったんだもんね』とからかっているのが、英児には分かってしまう。
「でも。入籍報告があったその日に。まさか。本多さんがここにいるなんて思わなかったな」
 今度は一変、冷めた眼差しが雅彦に向けられてしまい、英児はひやり。琴子を冷たく捨てた男が、捨てた女の新婚の夫となにをしているのかと、その達者そうな口で『はっきり』言いそうではらはらする。だから英児は――。
「この鉢植え、何の花なのでしょうね。俺、疎くて」
 その場をなんとか誤魔化そうと、頂いた鉢植えについて早速尋ねてみたりする英児。
 緑の葉ばかりで、何の花が咲くのか想像もつかない。
 紗英もそんな英児が作ろうとしている空気に気がついてくれたのか、英児をしばしじっと見つめると直ぐに元のにっこり笑顔に。
「ワイルドストロベリーです」
 ワイルドストロベリー? 英児と武智はそろって目をぱちくりさせる。雅彦は既に知っているような顔をしているが、バッグに原稿をしまいこみ今にも帰りそうな勢い。
「ヨーロッパでは幸せを運ぶ、アメリカでは奇跡を運ぶといわれている植物なんです。ほらここに、隠れているけど一つだけ赤く実っている苺があるんですよ」
 紗英が指さす葉の陰に、本当に小さな赤い実を英児も見つける。確かにイチゴだ。しかも『幸運を呼ぶ、奇跡を呼ぶ』植物だなんて。なるほど。それで結婚祝いにと選んでくれた気持ち、英児も思わぬ祝福に嬉しくなる。
「ありがとうございます。琴子が喜びそうですね。自宅に飾らせて頂きますね」
 英児の喜びの笑顔に、紗英も嬉しそうに頷いてくれる。
「では、滝田社長。私はここで失礼させて頂きます。後日、連絡致しますね」
 雅彦が帰ろうと席を立ち上がり、英児に一礼。紗英ももう触らずに知らぬ振り、でもやっぱり面白くなさそうな顔をしているが、穏便に流そうとしているのが英児の目にも見て取れたのだが。

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