ワイルドで行こう

 雅彦が事務所を出て行こうとするその時。紗英が急にワイルドストロベリーの鉢植えに向かって大きな声を張り上げた。
「ワイルドストロベリーって。蝦夷蛇苺(エゾヘビイチゴ)とも言われていて、本当はヘビイチゴ種ではないのに『ヘビがいそうな場所でも逞しく生える』というイメージで、そう呼ばれているんです。それだけ野趣的で丈夫なんだそうです。こんな小さな苺でも逞しく可愛く実るってこと。琴子さんみたいでしょ。幸せになって当然だと思うんですよ」
 それが……。琴子の後輩として、冷たく捨てた男への精一杯の抗議のようだった。
 だが、英児はそれを聞いて、なんだか感動!
「そんなイチゴなんですか。うん、そう言われたら、こんな小さくても可愛い赤い実を頑張って実らせるのは彼女ぽいかも。それに彼女、可愛いものが好きだから、きっとこれも喜んで世話するんじゃないかな」
 夫になった英児の言葉に、紗英がまたにっこり。
「でしょう! そうなんですよ。もう琴子さんって、女の子らしくて、いつまでも可愛らしくて。でも、小さくて目立たなくてもどんな所でもどんな事でも頑張っちゃう。けっこう芯が強くて、頼りなく倒れそうになるんだけど立ち上がっちゃう。この苺をいつかプレゼントしたいなーと思っていたんです」
「うわー、俺も嬉しい。こんな彼女にぴったりの……」
 そこで英児はハッとする。帰ろうとしている雅彦に言いたいことが出来た! だが、事務所のドアを開けて出て行こうとしていた雅彦も同じように目を見開いて英児を見ている。
 男二人、なにか同じ事を感じている! 英児にもいまビリってきた!
「それで。この小さな苺。けっこう香りが強くて、それがまた、女の子らしい琴子さんぽいかんじなんですー。琴子さんっていっつもいい匂い。がさつな私の憧れなんですよー」
 さらに付け加えてくれた紗英の言葉にも英児はビリリっと来て、雅彦と話し合っていたガラステーブルに鉢植えを置き、琴子が帰ってきていないのにリボンをといて包みを開けてしまう。
 開けてすぐ。紗英が教えてくれた既に実っているイチゴを探し、英児は指先に触れてみる。
 本当に小さい。でも真っ赤。小さくても存在感がある。そして香りは……? 鼻を近づけてみる。
「これ……!」
 もう一度、小さなイチゴの香りを吸い込む。今度はビリじゃなく、ざざっと鳥肌が立った。

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