ワイルドで行こう
「琴子が自販機の前で一人で休憩していた時。話し相手になってくれた彼がそう言っていたのよ。お母さん、亡くなる前にやっぱり身体が不自由になったらしくて――。お兄さん達家族が介護をしたけど、自分はまだ若くてなんの力もなれなかった。だから……放っておけなかったんだって。この前の私のこと……」
 そこで母が急に泣きそうな顔になる。本当に目が潤んでいた。
「そうだったの」
「うん。年が離れたお兄さん達はそれぞれやっていて、年老いたお父さんもお兄さん達が見ているんだって。滝田さんは一人暮らしで気ままにやっているらしいわよ。だからね、せめてお袋の味みたいなのでお返ししようかなって」
 そこで琴子はやっと……『母の強引作戦』の意味を知る。
「出来た物を持たせるつもりだったんだけど。日曜の夕方なら、暖かい物を食べていってもらおうと思って」
 彼の優しさの一部を垣間見た気がした。そして何故、琴子のこの状況を直ぐに理解してくれたかも。彼も、その道を通ってきた人だったから……。
「私も手伝う」
 琴子もエプロンを探すと、母も嬉しそうに笑ってくれる。
「久しぶりだね、お母さんとこうして並んでご飯を作るの」
「そうだね。お母さんも、お父さんが死んでから適当になってしまったから……。いろいろ言い訳にしてね。反省している」
 彼に会ってから。母が変わった気がするのは本当だった。重苦しいものを、母がどこかに捨てたような、そんな清々しい笑顔を見られるようになったから。
< 38 / 698 >

この作品をシェア

pagetop