ワイルドで行こう


 
「ミモザサラダも作っておこう」
 やはりマスターはこの磯が見える海辺のキッチンで料理をしている時が、一番生き生きしていると琴子も思う。
「私、マスターのミモザサラダ大好き。特製のドレッシングも美味しい」
 にっこりと微笑むマスター。いつもの穏やかで静かな笑みに琴子もホッとする。
「見ていて」
 そう言うと、マスターはボウルにオリーブオイルを注ぎ、レモンを搾る。
「塩、胡椒、ちょっとの砂糖、そしてダシ醤油を少々。これが隠し味」
「フレンチドレッシングだと思っていたけれど、お醤油も入っていたのね」
 こうして手伝いをしているうちに、マスターが少しずつレシピを琴子に伝授してくれるようになっていた。
 帰りにはそれを記したメモも渡してくれるように。
 口では言わないマスターが、そのメモに記していること。『これから先、琴子さんが野郎共に食べさせてあげられるようになってね』。
 その『PS』追伸メモを見た時、涙が溢れて止まらなかった。勿論、夫の英児にもそのメモを見せた。琴子より感情表現がはっきりしている英児も涙ぐんだのは言うまでもなく。
『なんだよ。寂しいこといいやがるな。俺がジジイになるまで、意地でも生きていてもらうぞ』
 そうして『意地になった』夫が、隔週土曜の日中は走り屋を集めて近場を男達だけでドライブ。夕方になると漁村喫茶に男達が帰ってきて、賑やかな食事をする――という習慣がここ半年ほど。
 だけれど、喜んでいるのはマスターだけではないことを琴子は後に知る。
 結婚後、独身時代と違って愛車で気ままに走りに行けなくなったパパ。でも子供達も大きくなり、これを機会に昔馴染みの走り屋仲間や、新たな店の顧客を誘って『龍星轟・走る会』を結成。それが楽しいらしい。
 そしてパパだけではない。子供達も――。
「ただいま!」
「じいちゃん、見て!」
 浮きが付いた釣り竿片手の男の子が二人、磯側の勝手口からキッチンに駆け込んできた。



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