ワイルドで行こう

4.ガールズ*シークレット(小鳥、初恋?)



 潮騒が近いキッチンで、琴子は沢山の食材に囲まれていた。
「マスター。こちらの野菜の下準備OKです」
「出来た? それじゃあ、ピザの具材を盛りつけしてもらうかな」
 白髪のマスターのキッチン、漁村喫茶の厨房で琴子は一緒に食事の準備をしている。
「すみません、マスター。お店を開けて頂いて……」
 本日は土曜なのだが。マスターがにっこり笑う。
「いいんだよ。たまに開けないとね。キッカケを作ってくれて有り難う」
「でも、あの。無理なさらないでくださいね。キッチンを貸して頂ければ、私がやりますし」
 と気遣ったつもりで言ったのに、マスターが少し寂しそうに表情を曇らせてしまう。
「僕もね。本当は毎日、店を開けていたいんだよ。でも、もう前みたいにお客さんに対して完全な対応が出来ないから」
 特に動作に問題はないけれど、『疲れやすくなって、物忘れもちょっと酷い』という近頃。少し前、誰もが通る道を年相応に通ってしまったマスター。その後、お店を週に三日……二日……と出来る分だけ開けているうちに、とうとうリタイアをしてしまったのだ。
『あの店はおっちゃんの生き甲斐だぞ』
 マスターが店を閉めると決断して直ぐだった。夫の英児がそんなことを怒るような顔で言いだしたのは。
『集会をする!』
 集会? 妻の琴子がちょっとの感情を抱く前に、夫は即決して動き出してしまう。
 それってなにをしようとしているの? 琴子が尋ねる前に、英児はもう携帯電話片手にあちこちに連絡を取り始めていた。
『土日に走る集会をしようぜー』
『マスターの店に集合』
『おっちゃんが店を開ける口実があればいいと思うんだ。ちょっとでもキッチンに立って、好きな料理をして誰かに食べてもらうってことをしてもらおうぜ』
『馴染みが揃うとおっちゃんがご馳走するっていいだすからさ。少しは商売になるようにもっていきたいんだよ。会場を貸してもらったという名目で代金を渡すってどうかな』
 走り屋仲間や、仲の良い顧客それぞれに連絡。相談できる有志に話している内容を聞いて、琴子もやっと夫がなにを始めようとしているか理解する。
『パパ、私も賛成です。私、マスターと一緒にお料理を作る係になる。そうしてマスターと子供達と一緒に、走り屋さん達が帰ってくるのを待っています』
 直ぐに趣旨を飲み込んでくれた妻を見て、英児も喜んでくれる。
『ありがとうな、琴子』
 走りに行っている間、マスターと待っていてくれる人間がいれば、なお心強い。そう言って、彼が琴子をいつもと変わらず、腕の中、胸の中へ深くきつく抱きしめてくれた。


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