ワイルドで行こう


 全員揃ったところで、これも毎度で互いの車を見せ合ったり、店長の英児や矢野さんにエンジンルームを見てもらったり。子供達も好きな車、気になる車、これだけ揃っていたら見放題。お父さんの英児にひっついてエンジンルームを覗いたり、矢野じいの後をくっついたり。または長年可愛がってくれている常連さんの運転席に乗せてもらったり。
 そのうちに、琴子は気になる光景を目にしてしまう。
「翔兄ちゃん、お疲れ様。長かったでしょ、大丈夫」
「小鳥。うん、大丈夫」
 ポニーテールの小鳥が神妙な面持ちで、翔に声をかける姿。
「エンジン。父ちゃんにチューンしてもらったんでしょ」
「社長の手ほどきで、自分でやってみたよ」
「そうだったんだ。どうだった? 走り」
「爽快。憧れのタキタのチューンで、やっと走れたからな」
 年の差十歳。お兄さんの翔は『雇い主のお嬢さん』と思って優しく接してくれているのだろうけれど、お年頃の女の子の気持ち、琴子はわかってしまう。
「運転席乗って、エンジンだけかけてもいい? 兄ちゃん」
「いいよ。サイドブレーキ触るなよ」
 笑顔になった娘が、嬉しそうにお兄さんの青い車に乗る。
 いまはまだ。心に秘めたときめき。それはいつまで黙ってみていればいいのだろうかと、琴子も胸に秘めている。
 パパが知ったら『なんだとー!』と怒るというか、あまりにもびっくりして、娘より翔を意識しそうで顔に出しそうで。そっちの方が心配だから、ママは黙っている。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 すっかり日暮れ、店から見える海に夜のとばり。
 店の中は男達の熱気で賑やか。そんな活気あるこの店を眺めていると、白いドレスを着た日を思い出す琴子。
 やはりこのお店。なくなって欲しくないな……。そう思う。あまりにも思い出がありすぎる。今日だって、きっと思い出に。
 母とマスターも矢野さんと一緒になって、走り屋男達の賑わいにちゃんと馴染んで笑っている。
 その間、琴子は隙を見て厨房で給仕に励む。
 おかわりのお皿に料理を補給するため厨房にいると、そこに英児がやってきた。
「子供達が釣った魚のフライ、うまかった」
 からっぽになった大皿を持ってきてくれる。
「ありがとう、英児さん」
「そこで煙草を吸ってくる」
 出たら直ぐそこが磯になっている厨房勝手口を出て行く。漁り火が滲む水平線を遠く眺めながら、紫煙が揺れる後ろ姿。その変わらない頼りがいある背中を琴子はじっと見つめてしまう。
「なあ、琴子。ちょっと」
 呼ばれて、琴子は『なに』と勝手口ドアの側にいる英児へと歩み寄る。
 だが夫の背中に辿り着いた途端、手首を大きな手に掴まれ力一杯ドアの外に引っ張り出された。
「え、エイジ……」
 勝手口、ドアの側の壁。そこにいつものように彼の両腕に囲まれ閉じこめられている。そして彼の唇が……。


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