ワイルドで行こう



 やっと、そこで父が手を離してくれた。だけれど、小鳥はよろめいた。
 力が抜けて、ついソファーの背に手をついて項垂れてしまう。

 それだけ『愕然』とする通告だった。


 小鳥は早生まれの二月生。卒業間近にやっと免許を取りに行くことが出来る。それを心待ちにしていた。大学に合格したらすぐに教習所にいく。ずっとずっと夢見てきたことのひとつだったのに――。

 それを、大学に入学してから? 
 同級生が次々と免許を取って車に乗り始めても、誰よりも車が好きな車屋の娘である小鳥はまだ乗れない? 
 しかも四月じゃなくて、五月って……! 
 誰よりも先に車で飛び出したいと思っていたのに!?

 そしてそれは、そこにいた日本史の先生がすぐに理解してくれた。

「お父さん。お言葉ですが、小鳥さんは車屋であるお父さんの娘さんらしく、車がとても好きですよ。そしてもうすぐ運転が出来るとどれだけ楽しみにしているか」

 だが今度の親父さんは、静かに入ってきた勝浦先生にはとても落ち着いた大人の顔で向き合う。

「だからですよ。先生。こいつがいちばん好きなものだから、そこでケジメをつけて欲しいんですよ」
「ですが。小鳥さんは直ぐに相手の生徒を保健室に連れて行きましたし、当人にも懸命に詫びましたし……」

 勝浦先生も小鳥の真摯な姿を留守だった父親に伝えようとしてくれている。

 だけど。先生達の助け船はとても心強いけれど、なにも助けにならないことを小鳥にはわかっていた。親父さんは一度言いだしたら絶対に譲らない。

 そして『希望を取り上げられて』、小鳥自身、やっとやっと親父さんが何を言いたいか解ってしまったから……。

「ごめん、父ちゃん……」

 ついに涙がこぼれてしまった。

「ずっと大事にしてきたこと、無くしちゃったら。ほんとにこんなに哀しいんだね」

 普段はキッパリ強気な女生徒である小鳥が涙をぼろぼろとこぼすのを先生達は気の毒そうに眺めているだけに。



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