ワイルドで行こう

 .リトルバード・アクセス《11b》




 小鳥が岬に行きたいことを知っているのは、琴子母だけ。
 『気をつけて行きなさいよ』と寛大に受け入れてくれた。
 英児父には伝わっているかどうか知らない。

 ただ母には『ハタチになる前に、夜の灯台を見たい』と伝えた。
 母は『何故』と当然問い返してきた。『二十歳になってからでも行けるでしょう』と。当然の返答だと小鳥もわかっている。だから小鳥は言い換えた。

『ハタチになる前に、そこに行って、決めたいことがある』

 そういったら、母が少し心配そうな顔をして、暫く考えた後に『わかりました』と承知してくれた。

 そして母も言った。

『あの灯台ね。お母さんもちょっと困ったことがあった時、お父さんが真夜中に連れて行ってくれたことがあるのよ。結婚する前、婚約したばかりの時』
『え、そうなの』

 母はそれ以上の詳しい経緯は話してはくれなかったが、『うん、そうなの』と年齢を感じさせない愛らしい微笑みを見せてくれた。

 それが母にとっては大事な想い出なのだと小鳥には思えた。

 お互いにそこで、好きな人と真っ暗闇を照らす大きな灯台の頼もしい灯りを見て、何を思う。小鳥はきっと母も一緒だったのではと感じていた。

『小鳥ちゃんは、一人でいいの?』

 その一言に小鳥の胸がずきりと痛んだ。そして母には何もかも見抜かれていることもわかってしまう。今度は小鳥が照れくさい。でも……。母はもう『同じ女として向き合ってくれている』と悟った小鳥は。

『わからない。一人かも、一人じゃないかも。でも行ってくる』
『ちゃんと帰ってきなさいよ』

 うん――と、頷いて。この夜龍星轟を出てきた。
 


 だから翔は、英児父お馴染みの口うるさい不許可より、静かに黙っているがいざという時は誰もがそのたった一言に従ってしまう琴子母からの許可に驚いているだろう。

「そうか。オカミさんが許してくれていたのか。なんだ、それならいいんだけどな」

 なに。お母さんが許してくれたなら、お前一人でも良かったんだな。俺がついてこなくても良かったんだな。そう聞こえたんだけど?

 小鳥は密かにむくれて、運転席から降りたくなくなった。

 だけれど彼は、いつもここに来た時と同様に、まず岬が見下ろせるところまで行ってしまう。

「んー。最西端のこの岬は遠いけれど、やっぱりここはいいな。充分に走れるし、到着した時の達成感もたまらない」

 龍星轟のジャケット姿のまま、『んー』と伸びをする彼の後ろ姿。小鳥はドアを開けたままの運転席から、そんなお兄ちゃんを見て呆れた溜め息。

 なんで私がここに来ようと思ったのか。あの人は少しでも考えて、ここまで一緒に来てくれたのだろうか――と。


 それに、この岬。二年前に、貴方がメソメソした場所なんですけどね。


 のんきなだけの『いつも通りのお兄ちゃん』を横目でみつつ、小鳥は胸の中でそんな嫌味を吐いていた。

 だから。小鳥はここに来たかった。

 ただ好きだった人の痛みも悲しみも知った日。同じように小鳥の心にも頬にも痣が出来た夜。あの時から、小鳥の恋は『憧れ』から『愛』に変わった。

 どんなに痛々しい情けない姿を見せられても、彼を抱きしめたいくらい好きだと自覚した日。幻滅なんてしなかった。同じように泣いて、同じように噛みしめていた。それぐらい好き。





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