ワイルドで行こう



「車、整えておいた」
「あ、ありがとう」
「バイトだよな」
「そうだよ」

 本当にバイトへ行く。のだが、英児父がじいっと小鳥を見ている。小鳥の目の奥から何かを探っている。

 バイトの後、どこに行くつもりだ。そんな問いかけが聞こえてしまう。
 本当は夕方から夜閉店までのバイトが終わったら、翔兄の部屋に寄るつもり……だった。

 それを今は悟られないように平静を保ち、小鳥はどうしてか急に手入れをしてくれたMR2に乗り込んだ。

 シートベルトをしながらウィンドウを開け、まだそこにいる父に告げる。

「行ってきます」
「……小鳥」

 今度は父が呼び止める。『なに』と見上げるとまだロックをしていない運転席のドアを英児父がざっと開けてしまう。

 やっぱり言わずにいられないことがあるのかと、小鳥は硬直した。しかも英児父、開いたドアのそこで、アスファルトに膝をついて、下からグッと小鳥にガンを飛ばしている。

 ヤンキー座りじゃないけど、それっぽい。しかもその睨み方。いつものように、英児父が真っ正面から本気でぶつかってくる時の眼だった。

「おい。父ちゃんの目を見てみろ」

 下から睨まれている鬼の眼を、小鳥はきちんと見つめ返した。

「お前、正々堂々と生きているって言えるか」

 遠回しな言い方だけれど、何を問われているのか、小鳥にもすぐに通じた。

 容易い方へ流れて、心にもない男を選んだりしていないか。
 男とうつつを抜かして、仕事も勉学も無責任に放り投げていないか。
 やるべきこと、嘘偽りない道を歩んでいるのか。

 英児父が問う『正々堂々』とは、そんなことなのだろう。

 その問いの返事は決まっている。そして、ここは小鳥も絶対に怯まない。下から睨み倒す元ヤン親父のガンを受けながら、小鳥も静かに父の目を見た。

「後ろめたいコトなんてひとつもしていないよ。胸を張って父ちゃんに言えることしかしていないよ」

 赤裸々に報告できないことだけど。そこはもう大人の女のデリケートなことだから、いまはそっとしておいて。言葉に出来なくても、小鳥は目で伝えた。

 すると、英児父がヤンキー座りぽいその姿のまま、ふっとひと息。だけどまたグッと小鳥を下から睨んできた。

「男に言っておけ。娘の男だって認める時は、娘が幸せだって『親父の俺が』確信した時だってな」
「と、父ちゃん」
「お前が幸せだって言っても、まだ認めねえ。確かに娘は幸せだ。俺がそう思えた時がその時だ」

 英児父らしくて。小鳥は泣きそうになった。

「……わかった。私が認めた男の人が……現れたら……、その時、その人にそう言っておくね」

 いまその人がいるとは、小鳥はまだ白状しなかった。

 でもそれが翔であることは。おそらく、こんな会話をしているけれど、もう父も判っているのだろう。



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