ワイルドで行こう



「ねえ、お腹空かない。私と英児さんも挨拶でほとんど食べられなかったし。紗英ちゃんと武智さんも司会や段取り準備とか気を配ってばかりで食べていないでしょう」

 そこはやっぱり良く気がついてくれるお姉さん。まさにその通りだったのだが。

「よっしゃ。じゃあ、いまから俺達だけの打ち上げ気分で、なにか食いに行こうぜ」

 そう言いだした滝田社長がさっそく携帯電話片手に、何かを探している。

「近場で軽くいくか。すぐそこなら飲茶の店とピザハウスがあるけど……」

 滝田社長のその問いかけが、誰にあてられているのか紗英にはわからなかった。奥さんになった琴子さん? それとも? でも何故か……。琴子さんも、武智さんも、そして滝田社長までもが紗英を見ていた。

 つまり。この中で、いちばん末っ子ってこと? 急にそんな気分にさせられ。

「飲茶……がいいです」

 その空気にうっかり流され、紗英一人がそう答えてしまっていた。

「じゃあ、席を押さえておくな」

 そうして滝田社長がすぐさま電話で予約――。ほんとだ、琴子さんが言ったとおり。『素早い』。即決の男!

『行こうぜ』

 レストランスタッフへの挨拶も済ませ、四人揃って外に出る。
 やっぱり先頭を行くのは兄貴の滝田社長。その傍らに琴子先輩。すぐ後ろに武智さん――。紗英はその後を一生懸命ついていく。そんな気分……。なんだろうこの感覚。前をしっかり歩いているお兄さんお姉さんの後を遅れまいとついて行くこんな感覚に、この歳になって出会うとは思わなかった。

 しかも。大人になって自立して、一生懸命働く三十代になったと自負したい年頃のはずなのに。

 それでも、なんだかこの人達といるとまだまだ『足取りがしっかりしているお兄さんお姉さん達の後をついていくのが精一杯』と感じた。

 それだけ、この人たちがしっかり歩いて。また今ある道をしっかり歩いているんだろうなと思わされる。
 

 春の昼下がり。紗英の手元にある白い花も春の匂い。大人のお姉さんからの贈り物、まだ届かない憧れの香り。それを胸いっぱいに吸った。






< 608 / 698 >

この作品をシェア

pagetop