ワイルドで行こう
 彼の声に、つい頬を緩めてしまう琴子。はっと辺りを見回し、誰もいないのを確認。
「ええ、元気ですよ。先日はお疲れ様」
 庭を手入れした日から三日ほど経っていた。だけど、あれから琴子の身体は熱いまま。特に肩先の……。
『あのさ、食事でもどうかと思って』
 彼から初めて誘ってくれ、琴子はまた一人でにやけそうになって思いとどまる。
「ごめんなさい。いま、月末の締め切りで残業続きで」
『そうなんだ。またあれぐらいの時間になりそうなのかな』
「そうですね……。十時、もしかしたら十一時」
『そんな遅く?』
「うん。ですから……残念ですけど。また今度」
 ほんと残念。せっかく誘ってくれたのに。デザイン事務所自体の仕事はとっくに片づいているのに、古巣での腕前があるだけに手伝いをすることになっていて……。本当なら帰っても良いはずなのに。無理を言えば、帰らせてくれるかもしれない。いや。どちらの仕事も捌けることが、琴子がこの会社に勤め続けている意義でもあると思い直す。
「あの、私から連絡しますね。私も一緒に食事したいので……」
『うん、わかった。忙しい時に、ごめん。じゃあな』
 それだけ言うと、ぷっつりと彼から電話を切ってしまった。
 きっぱりしている人だってわかっていたつもりだけれど――。そんなあっさり。しかもぶっきらぼうな言い方。
 残念だと思ってくれたから? 機嫌悪くなっちゃったの? 嬉しいような、ちょっと心配のような。
 ノースリーブの白いフリルブラウス。なんとか隠れている肩先をそっと見つめる。あの夕の熱い痕が薄くなっても、熱は籠もったまま。
 ブラウスの袖口をめくったら直ぐに見えてしまいそうな、秘密の痕。
 それだけを感じ取って、琴子は甘い誘惑を断ち切ろうとする。
「仕事、仕事」
 どんなに今ときめいて会いたくても。働き者と母も認めている彼に、仕事をおろそかにした女と思われたくないから堪えた。それに……『やりつくした女は色っぽい』と言ってくれた彼の言葉を無にしたくない。
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