ワイルドで行こう
 まだ納期まで少し日があるからと、製版課のメンバーが夜の九時で作業を切り上げた。琴子も一緒に終わりデザイン事務所に戻る。
 デザイナーも帰った後だったが、ジュニア社長だけが自分のデスクでノートパソコンに向かっていた。
「遅くなったな。送ってやるよ」
 社長が待っているとしたら、それだった。製版の兄貴達やパートのおばさんの車に乗せてもらって帰ることも多いが、その約束がつけられなかった場合を考えて、上司として社長が製版の手伝いを終える琴子を待ってくれていることも多い。
「申し訳ありません。いつも」
 そろそろ本気で運転免許でも取ろうかと思っている。気持が前向きになってきて、やっとそう思えるようになった。
「外で待っているな」
 社長から外に出て行く。
 事務所片隅のロッカーから、夏用にと衝動買いしてしまった白いハンドバッグを肩にかけ、事務所の外へ出る。
 事務所に鍵をかけた社長が車へと向かう。琴子もいつもどおり、助手席側に向かいドア側へと立った時だった。
 事務所の小さな駐車場、社長のオデッセイがぱあっと明るい光で照らされた。まぶしくて、琴子は社長と一緒に手をかざし、光がやってくる方へと振り返る。
「なんだあの車。急にこっちを照らしたりして」
 銀色の、また車高が低い……。ん? でもスカイラインじゃないし。でも車から感じる妙に身近に思えるこのオーラはなに。
 ジュニア社長も興味深そうに銀の車へと目を凝らす。
「ゼット、フェアレディZ。しかもZ34じゃないか」
 『うわ、格好いいなあ』と急に社長がうっとり。きらりと夜灯りに浮かぶ走る鎧のようなボディの車、そのドアが開いて運転手が降りてきた。
 だがその車から現れたのが、紺色作業着ジャケット姿で煙草をくわえた男の人。琴子はギョッとした。
「こんばんは」
 えーっ! 『彼』!
 『滝田さん、どうして!』と叫びたくなった。だってまだ勤め先なんて話し合ったことがないのに!?
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