ワイルドで行こう
「やっぱ気まずいんじゃないの。琴子が俺のアシスタントだから」
「そんな。私達が破局したことと仕事は関係ないじゃありませんか」
 そう思ったから。迷惑にならないよう別れた後も彼が来るスケジュールの日は、なるべく事務室を出て隣の製版課をうろうろしてやり過ごして来たのに――。
 しかしそこでジュニア社長が呆れた半笑いをすると、手元に残っていたコーヒーを飲み干した。
「琴子。俺、黙っていたけどさ」
 急になにかを決意したように低く呟く社長。
「あいつ、才能ないと思う。たぶん、次に契約したってところ、俺の会社と契約していたより短く切られると思う」
「そんな……」
 だがそこでジュニア社長に睨まれ、琴子はビクッと背筋を伸ばした。
「恋は盲目だったわけだ。でも、琴子も本当は気が付いてたんだろ。俺もさ、付き合いが長いし仕事は仕上げてくれるからこれまで契約は継続してきたけどな。ここ数年のあいつの仕事、出来は良くなかった。俺がそう思っていたんだ。琴子だって本当はわかっていたんだろ」
 琴子は黙り込む。……そして唇を噛んだ。社長の言うとおりだったからだ。出会った頃、三年前の彼にはまだやる気と勢いがあった。でも……近頃の彼の仕事はなんだか『とにかくこなしている』といったふうで、熱意も独創性も感じさせずおざなりだった。それはわかっていた。わかっていたが、デザイナーがそんなしょっちゅう絶好調であるわけはない。これはスランプだからと黙って見守って。
「そもそも。結婚でもしようかと思っていた女の母親がさ、具合悪くなった途端に手のひら返したように冷たくなる男の気の持ちようってその程度な訳よ。デザインの出来にしたってよ、その前から、なんだか適当だったしな。なのにこっちの要望に対して柔軟性ナシ、自分だけの世界からなかなか出てきてくれなかった。俺も裏切られた気分なわけ。そこへきて、別れた女がいるからやりずらいと正直に言うならともかく、よその契約が条件が良くなったからと向こうから契約辞退してきやがった」
 それも裏切りだと、徐々にジュニア社長の声が荒ぶる。
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