ワイルドで行こう
 落ち着くためか、ジュニア社長がいつもの煙草をくわえる。火をつけて一息つくと社長はどこをみるとでもなく煙を吐いて言った。
「才能も大事だけどさ。フリーランスやっている以上、人付き合いも重要なわけよ。女と顔合わせ辛いのひとつで、こうも簡単に切ってくれるような男なんて、もういらんわ」
 かなりご立腹。まるで社長が恋人に裏切られたかのようだった。
「琴子さ、あいつと縁が切れて俺は良かったと思っているんだよ。親父さんも病気で亡くして、翌年におふくろさんが脳卒中で倒れて、なんとか助かって退院できたが足と手先に軽い後遺症。それを知った途端、めんどうくさそうにお前を避けて、その上別れもお前から言わせた男なんて――やめておけ」
 いま、社長が言ったとおりの数年間だった。このデザイン事務所に慣れてきた頃、両親を立て続けに襲った不幸、そして介抱。この社長の寛大な処置で、なんとか琴子は母と二人で父親を看病し無事に見送ることが出来た。ほっと一息ついたら今度は母が……。
「もう未練なんてありません。なんか、私も、冷めちゃって」
 半分本当で、半分は強がり――。
「そうか。それならいいんだけどな」
 応接用の灰皿に煙草をもみ消したジュニア社長が立ち上がると、窓際の自分のデスクに戻っていく。
「だったら良かった。ちょっと俺もさ、どうしようかと思っていて」
 『ちょい、こっち来な』と手招きをされ、琴子は首を傾げながら社長のデスクへ。向き合うとジュニア社長が大きな封筒を差し出している。
「これは? なんの仕事ですか」
 仕事なら淡々と手渡してくれる社長が、バツが悪そうに黒髪をかいた。
「親父から頼まれていたんだよ」
「社長から?」
 とりあえずそれを受け取り、中身を確かめ、琴子は絶句した。なんと『見合い写真』だったのだ。
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