ワイルドで行こう
 ほとんど朝帰りといって良かった。真夜中に帰ったというのに、やっとシャワーを浴びた後も興奮醒めやらぬのか、目が冴えてしまい眠れなかった。朝方になって少しだけ眠った。
 朝、母に『久しぶりに遅かったね』と聞かれたが、『そうなのよ。いつものこと』と素知らぬ顔でやり過ごし、母だけにぎこちない仕草で見抜かれないよう、さっと出勤。
 その時になって、急に眠気が襲ってきたが。なんとか堪える。これも、最高の愛夜を得た為だからと。
 そして琴子、気にしていた『その時』を迎え一人構えていた。
「琴子、ちょっといいか」
 デザイナーとのミーティングを終え、朝の業務が落ち着いた頃。社長デスクに座ったジュニア社長に手招きをされた。
 ついに報告せねばならぬ時が来てしまう。昨夜、ちゃんと事情を説明もせず、彼のお迎えに飛びつくようにして社長と別れたこと。
 でも。今なら説明できる。ちゃんと『お付き合いしています』と報告しても良いだろうと覚悟を決めて。
 いつも、琴子を取り巻く不遇な状況を案じてくれたお兄さんのような社長。デスクに座って、あれこれ色校正の用紙を探っているジュニア社長の目の前へと来た琴子は、そんな報告をする気恥ずかしいむず痒さをなんとか抑えていた。
 『いつから彼と?』――そう聞かれたら、まず……母のことから説明したらよいだろうか? そんなことを頭の中で整理していたのだが。
「なんだって。滝田社長にお母さんを助けてもらったのが縁だって?」
 琴子は耳を疑った――。報告しようとしたことをそのまま、まだ何も教えていない社長から言い出したから。いや、そうじゃなくて。もっと驚いているのは。
「滝田、社長……ですか?」
 もうすぐ発刊される地元の中古車雑誌の色校正。それを社長が何枚か引き出して眺めながら琴子に言った。
「うん、そう。滝田モータース、『龍星轟/リュウセイゴウ』という店の経営者だろ」
 え! 琴子は目を見開いて言葉を失った。
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