ワイルドで行こう
 なんだか試されている気がした。きちんとした彼女としてどのような挨拶をするのか……という探りなのだろうか? 恋人になりたてで浮かれた女の行き過ぎた挨拶なんてしたくない。絶対に。だから琴子は少しばかり冷めた目を彼に見せる。
「普通に挨拶します。それに……英児さんの整備している仕事場みてみたいし」
「一介の整備士ってだけだよ、俺なんか。ほんとに琴子は俺みたいな男でいいわけ?」
「なんで今になってそんなこと言うの。私、言ったわよね。どんな貴方でも好きって」
 彼がふっと笑って、今度は黙ってしまった。
「ほんっと。俺、社長さんにも『琴子さんにべた惚れです宣言』しておくわ」
「え、なにそれ。社長さんにそんなこと言うの?」
 恥ずかしいからやめて――と言ったら、また彼が笑い出してしまった。
 そしてそれほど車が走っていない海岸沿いの道、その路肩に銀色の車が急に一時駐車する。
 どうしたのかと運転席の彼を見ると、もうそこに身を乗り出した彼の顔があった。大きな手がまた強引に琴子の頭をぐっと引き寄せる。
「琴子は可愛いな。しっかり者のくせに……」
 くせに……。なに? 問い返す唇を塞がれる。
 もう、いいわよ。今夜はもう。
 いつまでも終わらない口づけに、ついに琴子は首を振って抵抗してしまう。勿論、許されるはずもなく……。
「俺もやっと前に進める。琴子のおかげな」
 ようやっと口元を解放されて、彼に抱きしめられたけれど。
 その、とても感慨深げに琴子を抱いた彼の声が、すこし哀しく響いたのは気のせいだったのだろうか。
< 90 / 698 >

この作品をシェア

pagetop