愛を餌に罪は育つ
この日を特に楽しみにしていた訳じゃない。


それでも楽しい時間になればいいなとは思っていた。



『会った時に妊娠したって言われたんだ』

「――うん」

『そう言われた日、気が付けば彼女は階段の下に転がってた』



朝陽の口調は落ち着いていて、何だか不安な気持ちになった。


チラッと彼の顔を見ると、表情もなかった。



『ハッとなった瞬間凄く怖くなって、その場から逃げだしたんだ。覚えていないけどきっと僕が突き落としたんだと思う。ううん、周りに僕たち以外人はいなかったから僕がやったんだ』

「違うよ、彼女が勝手に足を滑らせただけ。朝陽は彼女を助けようとしたけど、きっと間に合わなかったんだよ」



朝陽の言うとおり、その子を突き落としたのは朝陽だろう。


妊娠していたなら足元には十分気を遣っていただろうから。


翔太君からはただの事故だと聞いていたから正直驚いた。


まさか朝陽が殺していたなんて――。



『もっと軽蔑されるかと思ってた』

「知ってたから――。どうして今日で最後の女にそんな話をしたの?警察に通報するかもよ?」

『そう――これも、知ってたんだね。僕は美咲に通報されるなら素直に警察に捕まるよ。そうする事で裏切ってしまった事に対して償いができるなら、それでいい』

「償ってもらわなければいけない事なんて何もされてない」

『美咲は優しすぎるよ。それに比べて僕は酷い人間だ。殺してしまった彼女に対しては何の罪悪感もないんだ――愛情もなければ、ただの情もなかったのかもしれない』



優しいわけじゃない。


私が本心を隠している代わりに償いなんて必要ないだけ。






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