SONG 〜失われた記憶〜
 店内に戻ると、私たちはカウンターの席に座った。騒がしくなっている皆の輪にはどうやら入り込めそうにもない。

「…詩」
「あ、ルイ。起きたの? おはよ」
「ん、どこ行ってたの?」

 どこからともなく、現れたルイはウイスキーグラスを片手に私の隣に座った。

「義人さんと月見してたの。綺麗だったよ」
「ふーん…」
「よお、ルイ。久しぶりだな」
「どーも…」

 ハル兄の後輩であるルイは彼とも顔見知りなのだが、何が気に食わないのかいつも彼に対して素っ気ない態度をとる。それはもう昔からそうなので義人さんも特に気にした様子はない。私としては二人が仲良く接してくれると嬉しいのだが、私の言うことを素直に聞く相手ではないのでもう諦めている。

 数回、私たちと言葉を交わした後ルイはフラフラどこかへ消えていった。やはり掴めない男だ。



 Pipipipi...

 私の携帯がカウンターの上でブルブルと振動した。ディスプレイを確認すると、今はウィーンに滞在して日本にはいないはずの父の名前が表示されている。珍しいこともあるものだ。

「はい」
<詩か? 父さんだ>

 半年ぶりに聞く父の声は相変わらず渋い。

「わかってるって。どうしたの?」
<今、帰って来てるんだ。どこにいる? 母さんが会いたがって煩い>
「……帰って来てるならちゃんと前もって連絡してよ。今、圭一さんとこで皆と飲んでるの」
<そうか。…一度顔見せなさい。せっかく帰って来たんだ、一緒に食事でもしよう>
「ん、わかった。また連絡する」

 電話を切り、私は深くため息をついた。両親が帰って来たのは喜ばしいことなのだが、また煩くなる。海外にいる時は全くと言っていいほど連絡を寄越さない癖に日本に帰って来た途端、毎日のように電話してくる。向こうは休暇だから暇かもしれないが、こっちは仕事しているのだ。少しは遠慮してほしい。

「おじさんたち、帰って来てるの?」
「え?…ああ、そうみたいです」

 憂鬱になりながら私は答えた。

 その後、来てくれた学生時代からの古い友人たちと談笑しながら一時を過ごした。こうして気の許せる仲間たちとする食事はやはり楽しくて、そして美味しい。最近はいつも一人で食事をしていたので余計、そう感じる。

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