ブラッディマリー
 

 ジジ……と、敬吾が煙草の火種を押し消す音が静かな部屋に響く。時々、じっと聞き入っている尚美が息を飲む音も聴こえた。けれど、そのどれも俊輔の言葉をかき消すことはない。



 胸に何かがつかえているようで、呼吸がしにくい。


 和はその度無意識に自分の胸元を軽くかきむしる。それでこの苦しさが和らぐことはないと判っていたけれど、どうしてもそうせざるを得なかった。



 そんな状況の中、俊輔は息を吐くように最後の言葉を紡ぎ出す。



「最後は、俺が負けた。私を愛しているなら、和を──子どもを作ったことを少しも恥じず、後悔していないのなら、どうか楽にして下さい、と。耐えるだけの人生にはもう疲れたから、一度くらい男の人に私のわがままを聞いてほしいと。俺にしかできないのだと、彼女はそう言ったんだ」


.
< 293 / 381 >

この作品をシェア

pagetop