戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


そうして可愛らしさゼロの女が寝室へとこもり、寝室と部屋の内側で繋がっているクローゼットへと足を向けた。


華やかな洋風インテリアで統一された中、ひとつだけ不釣り合いなタンスの引き出しを開けた。



確かにこことは馴染めないが、このタンスだけはおばあちゃんから頂いた桐ダンスのため、正確な値段は知らなくても相当高価だと思う。


シャワーを終えたばかりのルームワンピ姿で跪き、カタンと小さな音を立てつつゆっくりその中身と対面した。


その中に納められているものは、今やまったく着る機会がなくなり、すっかり縁遠くなっていたお誂(あつら)え物のひとつ。


しゅるり、紐を解いた中身は名古屋に住むおばあちゃんからの贈り物である、名古屋友禅の訪問着と帯だった。



名古屋友禅はよく知られた加賀友禅よりも控えめでいて、独特の渋さに人気があるお品。


ちなみに着物を普段着にしている送り主のおばあちゃんは、古くから懇意にする呉服屋さんがある。


とにかく名古屋友禅は地元の産物ともあって、お気に入りの作家さんまでいるものだ。


すべてが手絞りや手描きの落ち着いた着物と帯は、落ち着いた高級感があるから普段とお化粧も変えなければチグハグだ。


お肌のトーンをいつもより少し明るくし、唇にはピンクコーラルの華やかなリップで彩りを添える。


黒髪の毛はおくれ毛が無いようキッチリ纏め上げ、品よく派でる赤椿のかんざしをひとつ差した。


流行ヘアスタイルからすれば黒髪なことが、ともすれば地味に見えることがあるが気にしていない。


それより何より、偽婚約の契約時には自分で着物を着ていないため、これらの変身道具がふと懐かしく思えた。


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