戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


これまでを知らない私でも、悟くんが兄へこの件に関して強く言ったのは、これが初めてだろうと感じ取れた。



――裏を返せば今日この時まで“言えなかった”大きな理由が、他にあるのかもしれないと…。



クールな面持ちの悟くんの横顔からそこまでは到底読み取れず、ひとり思案に明け暮れていれば。


不意に口元をふっと緩め、わずかに破顔した彼はこちらへ優しい目を向けて笑ってくるではないか。


「怜葉ちゃん、流石だよね」

「…どうして?」

「本当に賢いな…、もしかすると彩人よりも」

「それは絶対にない!」

にこりと綺麗に笑って、冗談にならない言葉を口にするものだから。左右へブンブン首を振って、その意見をキッパリと否定した。



「彩人の過剰すぎる自信…、今からでも怜葉ちゃんに分けてあげた方が良いよ」

「ああ、怜葉は昔から自分を過小評価していたからね」

「ちがっ、ちがう…!」

いつの間にか笑い合っている彼らの言葉はただ息苦しさを生み出し、それから逃げたくて叫んでしまう。


突然のヒステリーな声音に驚いたのは、2人の表情を見ればよく分かった。


だけど十数年ぶりの再会後――その時間にして、たかだか数時間程度の人の評価など信じられる訳がない。



「わたっ、私は…、OLすら…まと、もに…出来てな…っ」

「怜葉…」

もし本当に賢い女であったのなら、騙された挙句に借金を背負って偽の婚約者役をするなどあり得ない。


最終的に毛嫌いして来た実家へ救いを求める、お粗末な行動を取る女な訳ないでしょう?


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