美しいあの人
「俺はもしかしたら、期待してるのかもしれない」
「何を?」
「そいつが、いつかまともな小説を書いてくるんじゃないかって」
「そんなこと、あるかしら」
松井さんはどこか遠くを見ていた。
「ないだろうな。だけどそうなったらいいなと思って、
毎年あいつから封筒が届くと、わかっているのに封を開けて見てしまうんだ」
あたしは桜色のカクテルをじっと眺めている。
松井さんが、おそらくは叶わないだろう期待をしていることと、
あたしが芙美子さんに勝ちたいがためになにかを探しているというのが、
なんとなく似ているような気がした。
あたしたちは、見つからない何かが見つかるのを期待している。
おそらく見つからないだろうとわかっているのに、
もしかしたら見つかるかもしれないと思って、
わずかな希望をもっているのだ。
その希望にすがりついていさえすれば、何とかなるのだと信じて。

なんだか悲しくなって松井さんの肩に頭を預けた。
松井さんが大きな手であたしの頭を撫でてくれた。
「お父さんみたい」
「そんな年じゃないよ」
「わかってる。あたしも、期待してるの」
「なにを」
「あたしが自信を持てる方法が見つかること」
「自信くらいあるだろう」
「なにもないのよ。ずっとあたしなんかって思ってる」
「前にもいったじゃないか。そのあたしなんか、っていうのは成功回避だって」
「ああ、言ってたね。でも、誰かを好きになると余計に自信がなくなるよ」
< 89 / 206 >

この作品をシェア

pagetop