大海の一滴

 一哉の言う秘密の場所へ行く途中、大きくて綺麗な公園を通り過ぎた。

 丸く剪定された木々。季節の花々が咲き誇る花壇。
アンティーク調の背もたれ付きベンチに、夜になるとライトアップされる大きな噴水。
 ヨーロッパテイストをふんだんに取り入れた豪勢な公園は、今のところ、若者たちの待ち合わせ場所に相応しい。
昼は昼で、幸せな家族の憩いの場になっているのだろう。

 いつでも楽しそうで、いつでも賑わっている。
でもきっとそれは、近くに新たな公園が建設されるまでの一時のことだ。

(まるで、働き蟻が死んだアゲハに群がるみたいだわ)

 取り留めの無い一哉の話を聞きながら、麗子は思った。

 美しかった羽を少しずつ引き裂いて、ただの塊にしてしまう。
それから全てを運び去り無かった事にする。綺麗な蝶がいた事も、それをみんなで壊した事も、何もかも。

 遊ぶだけ遊び、使うだけ使って、古くなればこの公園も捨てられるのだ。
美しかったはずの公園は、朽ち果て、忘れ去られる。
 そこにあるのに、無かった事にされてしまう。
かつての大正公園がそうであったように……。

「でさぁ、オレ、カクテルコンテストに出場することになったんだ……って聞いてる?」
「え? あ、ごめんなさい」

 麗子は慌てた。人の話を聞き流すなんて褒められた行為ではない。
それに、一哉を傷つけたくはない。

「ちょっと風が強くて、聞き取れなくて」
「うわっ! 下手な言い訳」

 一哉は別に怒った風も無く、少し大げさに驚いて笑った。

「まあ、麗子は最近疲れてるからなぁ。今日は疲れが吹っ飛ぶくらい幸せにしてあげる。楽しみにしててちょ」

 普段より更に調子の良い軽口を叩き意味ありげに笑う一哉に、麗子は少し嫌な予感がした。

(この後、私は一哉を傷つけることになるのかもしれない)

~~~ 嫌な予感は、的中する確率が高い ~~~





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