大海の一滴

 カラリ。
 グラスの内側で、氷が解け出し琥珀色の液体が徐々に薄まっていく。

 一気に煽ると、ピートのスモーキーな香りが舌の先端をビリビリ刺激した。

 やはりスコッチは美味い。

 美絵子の心配をしながらも、原因である酒を飲んでいる自分にがっかりしながら、それでもその美味さに顔がほころんでしまう。

 酒の魔力とは下に恐ろしいものだ。


「さて、風呂入って寝るか」
 明日も早朝から日曜出勤が待っている。
風呂場に向かうと、柔軟剤の効いたバスタオルとチェック柄のトランクスが用意されていた。

「…………」

 ジャーーーー。
 服を脱いでシャワーを捻り、ついでに自分の首も捻って考える。
モワモワと立ち込める湯気が、頭の中の靄と重なった。

(なんとなく、可笑しいんだよな)

 本当に美絵子の家出の原因は、五十嵐の歓迎会で酒を飲んだせいなのだろうか。
怒っているにしてはトランクスまで用意してくれて随分扱いが優しい。

 それに、この違和感は何なのだろう。なんというか……。


(空気がなぁ)


 そう。家に貼り付いている空気がどことなくおかしい。

 どこがどうおかしいのだと聞かれると上手く説明出来ないが、なんとなくおかしいのである。

(考え過ぎかなぁ)

 どうも、酔いが回ると深く考え過ぎるきらいがある。
 中年になった証拠だろうか。

 達之は蛇口を最大に捻り、滝のようなシャワーの中にモヤモヤした気分もろとも全てを投じた。



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