ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
「そうだな、やるか。」
洋二の不機嫌な声を受けて、サトシは立ち上がった。

ミツはあれから、練習風景や普段のメンバーのやり取りも
カメラで撮るようになっていた。
練習が始まり、ミツもカメラを構えた。

いつものように、四人は演奏を始めた。
途中でサトシが演奏を止めてはあれこれ指示を出した。
洋二は最初こそ口数が少なかったものの、練習が進むにつれて、
サトシ同様、演奏や曲について意見を言い、メンバー同士で話し合っては、
また演奏した。

ミツのカメラのファインダーには、
真剣にメンバーと言葉を交わす洋二の姿が映っていた。
洋二は素直だ。
自分の思ったこと、感じたことをそのままぶつける。
サトシにNGを出されると舌打ちする。

ミツは、レッグボタンを押せずにいた。
いつになくカメラが重い。
カメラだけではない。
腕も、足も重い。
今を映像に残しても、自分の気持ちが画面に映りこんで
灰色になってしまう気がした。

ファインダーの向こうには、
自分とは全く関係のない世界が広がっているようで、ひどく遠い。
どんどんズームアウトして、ブラックアウトしてしまいそうだ。
裕太の力強いドラムも、心なしか音が遠い。
洋二の声が届かない。
ミツは一人、自分がこのバンドのメンバーでもなんでもないことだけを
痛感していた。

すっかり肌寒くなった十一月の夜空。
澄み切って月が光っている。
レンタルスタジオでの練習を終えたメンバーは、各々の家路へ着く。

「じゃあ、また来週!」
裕太がヘルメットをかぶり、原付にまたがる。
エンジン音をあげて交差点へ吸い込まれていく。
ほのかにガソリンの臭いが漂い消える。

「洋二、羽月ちゃん送ってくんだろ?」
「ああ。」
「じゃあ、また。」
ミツもカメラバッグを抱えて歩き出した。
洋二はミツの後姿を見つめている。

「おれらも帰ろうか。」
サトシにうながされ、洋二と羽月とサトシは駅に向かって歩き出した。
この時間になると通りにはタクシーが多い。三人は無言で足を進めた。
< 29 / 61 >

この作品をシェア

pagetop