ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
「ミツ、もう撮らないかもな。」
サトシがつぶやくように低い声で言った。
羽月が顔をあげる。
「さっきミツくん、また撮りたいって・・・。」
羽月がサトシに反抗するように答えた。
洋二はポケットに手を突っ込んで唇を噛んでいる。

「だいぶ落ち込んでたようだし。おれらも持ち上げすぎて、
かわいそうなことしたかもな。」
「そんなこと・・・。」
 羽月は助けを求めるように洋二を見た。

「そうかもな。」
洋二は遠くを見つめたまま答えた。
「洋二・・・」
羽月はうつむいた。
「サトシくん」
洋二は立ち止まった。
「悪いけど、羽月送ってってやって。」
「ああ、いいけど。」
羽月は代わる代わる洋二とサトシを見る。
「それじゃ!」
洋二は踵を返して走って行った。

細い背中に背負ったギターケースが揺れる。
タクシーの音がする駅前通りで、洋二の足音が高く響いた。

取り残された羽月とサトシは電灯で照らされたその背中
が見えなくなるまで見送った。

「行くか。」
サトシが歩き出す。
「うん・・・。」
羽月が数歩遅れてサトシに続く。
「いつも洋二はどこまで送ってる?」
「えっ、あ・・・家まで。でもいい。一人で帰れる。」
羽月は顔をあげる。

歩き出したサトシの背中にソフトケースに入ったベースが
にょきっと生えている。
長い足を大またで運ぶ。
カーキ色のパンツ、背の高い大きなシルエット。
黒く細い髪が耳元で揺れている。

「いや、それは洋二に怒られる。送るよ、家まで。」
振り返ったサトシと羽月の目が合う。
羽月の後ろからタクシーが通り過ぎてサトシを照らす。
男なのに黒目がちで、ぱっちりしているわけではないが、優しげで、
しかし、強い瞳が羽月を捕らえる。
羽月はぱっと目をふせてうつむく。
栗色の髪が垂れて赤くなった耳を隠す。
肩にかけたトートバッグをぎゅうっと握り締める。

「羽月?」
サトシはうつむく羽月を覗き込んだ。
再び通ったタクシーのヘッドライトが小さな羽月の背中を
光で撫で上げていく。
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