二秒で恋して
「ミズキさ~ん、これ、チェックお願いします」

 落ちてきた髪を後ろでまとめなおしていた私に声をかけたのは、情けない笑いを浮かべた後輩だ。

 渡された書類に目を落とした後、私はそのまま無言でつき返した。

「あれっ、なんかおかしかったですか?」

 へらり、と笑ったまま、困った顔をする男を、苛立ちを隠さずに睨みつける。

「ここと、ここに誤字。それから、こっちにも。こんな単純なミス、一体いつまでしてるつもり?」

 冷たい声にも、彼はめげない。笑顔を崩さずに、頭を掻いたりなんかしてる。

「あれ~おかしいな。ちゃんと見直したはずなのにな~……すぐ直してきま~す」

「小学生じゃないんだから。しっかりしてよね!」

 思わず大きくなった声に、周囲の目線が集まるのがわかる。

「また怒られてるよ、国立くん」

「でも全然応えてないよね、あの笑顔」

 くすくす笑い合う事務の女の子たちに、平気な顔で笑いかけたりして。

「ちょっと、話を聞いてるの? 大体、やる気があればもう少しミスも防げるってもんでしょう。それが-――」

 人差し指を突きつけて、説教を始めようとした私に顔を近づけて、にっこり。

「あ、眉間に皺(しわ)」

 そう言われて思わず眉間を押さえてしまってから、しまった、と思う。

 最近怒るとできるこの皺に、ヤツはしっかり気づいてたんだ。

 眼鏡の奥のヤツの瞳が、少しだけ意地悪な光を垣間見せたのは、私しか知らない。

 平気な顔でデスクに戻って、書類の修正を始めた彼を睨んでから、私は大きくため息をついた。

 いや、つくふりをした。

 そんな私を見ながら周囲は苦笑している。きっと思ってるはずだ。

 国立 一真(くにたち かずま)と斉藤 ミズキは単なる会社の後輩と先輩。

 そう、誰も知らないんだ。いっつも説教する側とされる側――そんな私たちが、実は付き合っている、だなんて。
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