秘書室の言えなかった言葉
私がびっくりして倉木の腕の中から顔をあげると、


「見んなよ」


そう言う倉木の表情は、少し恥ずかしそうだった。


「今、名前……」

「付き合っているんだからさ、ずっと“知里”って名前で呼びたかったんだけど……、なかなか呼べなくて……」


恥ずかしそうに倉木はそう言う。


「だから、最近、私の名前呼ぶのに躊躇いがあったの?」


付き合ってから、ずっと気になっていたんだ。

倉木が私を呼ぶ時に、いつも何故か躊躇っていた事が。


「そうだよ。って、そんな事より、俺が好きなのは知里だけなんだから、不安にならなくていいんだからな?」


開き直ったのか、さっきの恥ずかしがっていた倉木じゃなく、いつもの倉木になり、私の頭を撫でながら、もう一度“好き”と言ってくれた。


「うん、ごめんね?」


倉木はモテるから、これからも不安になる事があると思う。

だけど、倉木が名前で呼んでくれた事で、距離が近くなった気がする。

今までよりも近付けた、それが嬉しくて、今日の不安は飛んでいった。


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