抹茶な風に誘われて。
『もしもし』

 低い声が耳元で聞こえて、電話を取り落としそうになった。

『もしもし、かをる? 聞いてるのか』

 もう一度訊ねられて、やっと忘れかけていた声を出す。

「はっ、はい! かをるです! き、聞いてます――!」

 必死で答えてから、自分でもおかしかったかなとは思ったけど、静さんは途端に笑い始めた。

『お前の電話番号なんだから、わざわざ自己紹介しなくてもいい。あいかわらず面白い奴だな』

 優しい声、深い低音、数日聞いていなかった響きが嬉しくて、声がつまる。

 自分でも予想外に涙が出そうになって、あわてて笑った。

「ごっ、ごめんなさい。そうですよね、私、やっぱりおかしいですよね――」

 笑い飛ばしてしまおうとしたのに、なぜか声は言うことを聞かなくて、隠してもしゃくりあげてしまう音が聞こえてしまったようだった。

『……どうした? 何かあったのか』

「い、いえ――あの……私」

 そういえば静さんがこんな時間に電話をくれるなんて珍しい。

 いつも欠かさずおやすみの挨拶だけは送ってくれるけど、電話はよほどの用件がないとなかったのに。

 そんなことにも気づくのが遅れて、私はつい口走っていた。

「私、ただ――会いたくて」

『え?』

 聞き返す声に怖気づきそうになる。

 けれど電話越しの声だけじゃ物足りなくて、あふれだしそうな想いに引きずられるように続ける。

「静さんに……会いたい、です」

 次の瞬間、ふっと笑う静さんの気配をすぐ近くに感じたような気がした。

『会いたければ会いに来ればいいだろうが、この馬鹿』

 そう囁いてくれた声は、どこか嬉しそうなものに聞こえたのは、きっと私の希望のせい、だったと思うけれど。

 電話を切った後に自転車をこぐ私の足は、さっきまでとは違って、すごく軽くなっていた。

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