抹茶な風に誘われて。
 しゅんしゅんと湯気が立ち上る。

 風炉に掛けられた釜から湯を注ぐと、茶碗の中に抹茶がふわりと広がった。
 茶筅を突くように入れ、茶をなじませる。

 前後に振り動かしながら、細かい泡を立て、「の」の字を書いて茶筅(ちゃせん)を抜く。

 細かい泡がふっくらと表面を覆った茶――俺が差し出したその美しい緑色を眺めながら、目の前の客は、生意気にも「お点前、いただきます」なんて挨拶までしながら茶碗を手に取った。

 茶碗を回してみたり、それっぽい仕草で幾度かにわけて、しっかりと薄茶を味わった後、茶碗を置いてみせる。

「結構なお点前でした――なんて言うんだろ? どう? どう? 俺の作法、結構イケてたんじゃねえ? っていうか、にっが!」

 澄ましたふりをしていた茶髪男が顔をしかめるのを見て、俺はその手から茶碗を奪い取った。

「茶碗は右手でとり、左手にのせ、右手を添えて軽くおしいただき、茶碗の正面を避けるために時計回りに二度回して、向きを変えてから飲むんだ。お前のは左手でとって、右手にのせていた。それから三度回してる。ついでに言うと飲んだら終わりじゃないんだぞ。飲み口を軽く右手の指先で拭う、指先を懐紙で拭う、茶碗の正面に戻すためにさっきとは逆方向にまた二度回す。その三つの動作も抜けてる。まだまだだな、やっぱり駄目元(だめもと)」

「亀元だっての! ちくしょーやっぱだめか。大体茶道なんて難しすぎんだよ。なんでこんな無駄な動作がいっぱい決められてるわけ?」

 ふん、と鼻で笑ってやると、駄目元――もとい亀元は憤慨したように畳を叩いた。

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