抹茶な風に誘われて。
「亀元だっての! ちくしょーやっぱだめか。大体茶道なんて難しすぎんだよ。なんでこんな無駄な動作がいっぱい決められてるわけ?」

 ふん、と鼻で笑ってやると、駄目元――もとい亀元は憤慨したように畳を叩いた。

「無駄な動作なんて一つもない。茶道における全ての動きは合理的、かつ流れるように美しいものだ――ただし、正しく行えば、の話だけどな。ほれ、今日もお前の負け。次の菓子代もお前持ちだからな」

「ちっくしょーっ! 千手堂の上生菓子たっけえんだよっ。なんで一つ二百九十円もすんだよ~今月ピンチなのに。っていうか、薄茶には干菓子って決まってんじゃねえのかよ。なんでいっつも生菓子なんだよ。おいっ、コラ! もう茶飲んだだろ? 二個も食うなっ!」

 ぎゃあぎゃあわめく亀元の金に近い茶髪頭を抑え付け、俺はにんまりと笑う。

「正式には、ってだけだ。最近では薄茶に主菓子(おもがし)――つまり生菓子や饅頭、羊羹なんかを合わせたりもするんだよ。要するに季節感のある綺麗な菓子で客を楽しませてればいいんだから」

「なんだよそれー都合のいい時だけルール変えんなよ。ずるいぞ」

「うるさい。敗者にわめく権利なし。それにお前もホストのはしくれなら、いちいち二百九十円くらいでガタガタ言うもんじゃないぞ」

「ホストったって、今月も最下位決定なんだぞ。お前の貯金と一緒にすんな、この野郎!」

 そういえばまたこの前と同じスーツを着ている亀元。けれどそんなことは俺の知ったことじゃない。勝負は勝負だ。

「じゃあこの勝負、やめてもいいんだぞ? 別に俺は無理にお前に茶道やらせるつもりもないしな」

「くっそーその涼しげな顔がムカつく。いや、そのえらそうな口調が、態度が、全てがムカつくー! 絶対いつかマスターして、お前に勝ってやる! そう思うとやめらんねんだよ、この勝負」

 きちんと営業スマイルを浮かべればそれなりには見えるはずの亀元も、表情豊か過ぎて、俺にとっては子供にしか見えなかった。

 まあ、実際七歳も離れた元後輩だ。子供には間違いないけどな。

 それでも一応ダチを名乗ってくれる物好きな亀元に俺は歯を見せて笑ってやる。そのまま空になった菓子椀を持ち、立ち上がった。

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