抹茶な風に誘われて。

Ep.13 静―チェックメイト

 翌日、朝から迷惑がる五月にもう一度確認の電話をして、準備を整えた俺は家を出た。

 昨夜のうちに頼んでおいたものを取りに行くためだ。

 昔よく、常連客たちの付き合いで歩いた場所――最高級のブランドショップばかりが立ち並ぶ大通りを一人進む。

 あの頃のようなスーツ姿ではなく、こうして着物でいると不思議な気分だった。

 目的の店にたどり着くと、奥の部屋に通されて、丁重な手つきで約束の品を見せられる。

「ありがとうございました」と恭しいお辞儀で見送られ、またの来店を楽しみにしていると本気の笑顔が言った。

 不必要なものばかり、しかも主に贈られるほうだった過去とは違い、逆の立場にまさか自分がなろうとは――。

 皮肉めいた笑みが頬を緩ませるが、不思議と嫌な気分はしなかった。

 水色の紙袋に入った、小さな箱のリボンを無造作にほどき、中のものだけを着物の袂にしのばせる。

 ハナコや香織が見たら悲鳴を上げそうな無用心さかもしれないが、そもそもそこは万能の収納スペースなのだ。

 落ちないことはわかっていたから、気にせずそのままの姿で、次の目的地へ向かう。

 電車を乗り継いでやってきた山の上、ひっそりと広がる霊園の中は、平日の午前中であるからか人気もなかった。

 彼岸が近いとはいっても、まだ供えられた花が新しいものは少なく、俺が足を止めた墓も同じだった。

「久しぶりだな、婆さん」

 気軽に声をかけ、しゃがみこんだ姿勢で見つめるのは『大八木』と刻まれた文字。

 留子、と側面に記された彼女の名前を懐かしい気持ちでしばらく眺めてから、墓の掃除から始める。

 墓石に水をかけて磨き、来る途中の花屋で買った仏花をそなえ、線香に火をつけた後、俺は笑った。
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