抹茶な風に誘われて。
 フラワー藤田、と書かれたグリーンの看板が見えてきたところで、ここまででいいと頭を下げた。

 秋も深まって、日が落ちるのが早くなってからはこうして必ず送ってくれるようになって。

 お店のすぐ前まで来てもらったら目立つからとなんとなく遠慮するのも、いつもの私の癖。

 それでももしかしたらと部屋の窓をからりと開けたら、やっぱり予想通りの姿が見えた。

 角のあたりで立ち止まっている、長身の人影。

 浅黒い肌、グレーの瞳、襟足が長めの、黒い髪――エキゾチックな中にも涼しげな美しさの漂う、着物の似合う彼。

 一条 静(せい)、それがあの人の名前。

 私の恋人、そして婚約者の――。

 小さく手を振ったら、そっと片手を上げてくれて、遠目にもわかるいつもの微笑をよこしてくれる。

 きちんと帰り着いたことをちゃんと見届けてから、ゆっくり背を向けて彼も帰途に着くのだ。

 優しくて大人で、私なんかにはもったいないくらい素敵な人。

 とくん、と脈打った胸を抑えて、窓を閉めた。

 制服から部屋着に着替えようとして、壁に立てかけられた姿見に映った自分を見る。

 胸元の辺りに集中した赤い痣――ちょうど服を着ている時には見えないあたりに散った色を見つけて、その赤に負けないくらい赤面してしまった。

 ――静さんったら、また……!

 恥ずかしいからやめてほしいとお願いしたのに、誰にも見られやしないのだからと印をつける。

 大人なのに、そんなところだけは子供みたいに悪ふざけをする彼の性格も、最近わかってきた。

 見えないとはわかっていても恥ずかしくて、タートルネックのセーターを選んだ。

「かをるちゃん? 入ってもいい?」

 ノックの音と共に訊ねられて、あわててモスグリーンのスカートも手に取る。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいね、葉子さん!」

 施設育ちで親も兄弟もいない私を、住み込みバイトとして置いてくれている花屋の奥さん――立場上はそうなのだけれど、とっくにそれ以上の存在になってくれている葉子さんは、私の声色でよく感情を読み取るらしい。

 しばらく待ってドアを開けてからも、丸いメガネの奥の瞳をにやにや面白そうに細めながら、ホットココアを差し出してくれた。

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