抹茶な風に誘われて。
 一週間のテスト期間が終わって、ようやく心が軽くなった日曜日。

 約束の場所へ向かうために家を出て、駅前通りを歩いていた私は、カバンの中で鳴った携帯を急いで開く。

「あ、もしもし静さん? 今終わったんですか?」

 予定より早く仕事を済ませたという連絡に、腕時計を見やってあせる私。

 待ち合わせ場所だった駅の構内にあるカフェで待っているから、ゆっくり来るようにと言ってくれる低い声に返事をして、電話を切った。

 今頃、またいつもの着物姿で女の人の視線を集めているのかな――そんな考えがよぎって、知らず俯いていたことに気づく。

 馬鹿な私、そんなの、いつものことじゃない。

 今更何を気にしているんだろう、と地下鉄の窓に映った子供っぽい自分の顔から目を逸らした。

 それで初めて、手すりにつかまって立っていた自分を後ろから見ていた人の存在に気がついた。背の高い、細身の男の人だ。

 何か英語のロゴが入った赤いトレーナーを着て、古そうなジーンズのポケットに両手をつっこんで、扉にもたれている。

 目が合った一瞬に、かちあった瞳が何やら楽しそうな光を浮かべたように見えた気がして、首を傾げる。

 すぐに相手も視線を逸らしたから、何も思わずにまた背を向けた。

 そして止まった次の駅で降りて、改札口へ向かう。後ろにいたその人も同じ駅だったらしく、続いて降りてくる。

 もう一度振り返って見えた顔はさっきよりも幼くて、自分と同じくらいか少し年上のようだった。

 日焼けした頬にそばかすが浮いているのが少しだけ印象に残ったぐらいで、あとは普通の男の子だ。

 映画館やショッピングモールが立ち並んだ街だから、きっとこの人もそのどこかに用があるのだろう、と結論付けて改札を通った。

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