抹茶な風に誘われて。
「あ、アキラくん……えっと、綺麗な宮殿だよね。さっきのガイドさんが言ってた話も素敵だったし――」

 さりげなく少し距離を取る私にアキラくんはいつものようにめげずに近づいてくる――のかと思いきや、なぜか少しつまらなそうな顔で曖昧に頷いたのだ。

「どうかしたの?」

「いや、別に――ただ、日本人に攻め込まれて全焼した王宮跡に、日本人が観光に来るって皮肉だなあと思ってさ」

 予想もしなかった答えに戸惑いながら、そういえばさっき見たパンフレットにそんな文章を見たことを思い出した。

「ガイドのお姉さんは詳しく触れなかったけどさ。知ってた? 豊臣秀吉の朝鮮出兵の戦火が原因って話」

「う、ううん……」

 歴史は苦手で、あまり考えたこともなかった話をふられて、正直に首を振る。

 アキラくんはなぜか複雑そうな色を瞳にのせて、壮大な王宮を見ていた。

「文禄・慶長の役――日本の歴史じゃあそんな立派な名前で教えられてるけど、韓国じゃあ壬辰倭乱って呼ばれてんだぜ。十分戦乱だもんな、こっちの人たちにとっちゃあ侵略者なわけだから」

「……よく知ってるね、アキラくん」

 何と返していいかわからずに呟いた私をちらりと見て、アキラくんは口の端だけを上げる。

「俺、在日だったからさ」

「――そうなの? 知らなかった……」

「そりゃそうさ。施設でも誰にも言ってなかったから。先生たちは知ってたけどな」

「そうだったんだ……でも、『だった』って?」

「そのまま、過去形ってこと。オヤジに引き取られて、養子縁組する前に帰化したからさ。今の俺は、正真正銘の日本人ってわけ。だから元在日っつうだけで、別に韓国に特別な思い入れがあるわけでもないけどな」

 肩をすくめ、何でもないことのようにさらりと答える。なぜか笑顔がいつもより大人びたもののように見えて、答えにつまった。

 そんな私の頭を軽く叩いて、アキラくんが思いきり伸びをする。
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