抹茶な風に誘われて。
「ちょっとーゆかりどいてよ。あたしがアキラくんの隣に座るんだからー!」

 熱心な女の子がそう言って、座席を移ろうとする。

 黙って彼女たちのやり取りを見ていたアキラくんが、大きな咳払いをした。

 いつもは飄々としている瞳に、なぜか一瞬厳しい色が見えたようで、みんながしいんと静まり返る。

 大きく伸びをしたアキラくんは、平然と歯を見せて笑った。

「うわーモテモテでまいったな。嬉しいけど……実は旅行楽しみで昨日あんまり寝れなくてさ、ちょっと寝るから空港に着いたら起こしてよ」

 そういうことなら、と了承した女の子たちに、ありがとうと微笑む。

 その顔つきは既にいつもと同じものだったから、私も前を向いた。

 それきりアキラくんは目を閉じて本当に寝息を立て始めて、優月ちゃんたちの話に加わろうとはしなかった。




 どことなくニンニクの匂いがする空港に降り立ったのは、お昼過ぎだった。

 機内で軽食を食べていたから、そのままバスに乗り換えて移動し、最初の観光地である景福宮に到着した。

 朝鮮時代の王宮であったという建物は、瓦屋根と緑を基調とした鮮やかな塗り色が美しく、晴れた秋空によく映えている。

 背後にそびえ立つ山は、岩肌がところどころ顔を覗かせていて、日本の緑一面の山とはまた違った趣きがあった。

「景福宮の景福という単語は、『詩経』に出てくる言葉で、王とその子孫、すべての百姓が太平の御代の大きな幸せを得ることを願う、という意味だそうです。また、景福宮が南を向いて立っているのは、王が農民たちを臨みながら善政を行う、という意味があり――」

 日本語が堪能なガイドさんが旗を持って説明している言葉を、みんな適当に聞きながら物珍しそうにきょろきょろしていた。

 広い庭の中に色々な宮殿があり、雄大な風景に見惚れていた私の肩にアキラくんが手をかけた。
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