抹茶な風に誘われて。
「ごめんなさいね、早朝から。お邪魔していいかしら? 静」

 にこやかに問うのは、ゆるいウエーブのかかった髪を後ろにまとめ、かっちりとしたスーツに身を包んだ女。

 俺が、本気で付き合った初めての――。

「綾子……」

「どうしたんだって顔ね。いいの、今は歓迎するような余裕もない時だってわかってるわ。だから私も用件だけ言いに来たの」

 言って綾子が有名ブランドのバッグから取り出したのは、一枚の封筒。

 航空会社の名前が書かれたそのデザインに、目を瞠る。

「これ、悪いけど勝手に用意させてもらったわ。だからすぐに出発して。じゃないと間に合わないかもしれないのよ」

「出発って、俺は――」

「もちろん、京都じゃないわ。依頼主との契約はきっちり果たすつもりだけれど、まずはその前段階としてこれは私にとっても重要な仕事だから」

 にっこりと微笑まれて、俺は差し出されたものを受け取る。

 今日の午後の便、目的地は――。

「さあ、行ってらっしゃい――あなたの大事な婚約者のもとへね」

 いたずらっぽく笑って、綾子は昔と同じように片目を閉じてみせた。
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