抹茶な風に誘われて。
「アキラくん、上着――取りたいんだけど」

 遠慮がちに言っても、返事はない。

 無言で私を見下ろしているだけだ。

「上着、取ってくれる……?」

 もう一度少し声を大きくして言ってみる。

 改めてその存在に気づいたかのように窓際の椅子を見たアキラくんは、無造作な仕草でポケットから両手を出した。

「アキラくん」

 呼んでから、やっと嫌な予感に背中を押された。

 なぜか、このまま二人でいてはいけないような――。

「上着なんかいらないよ」

 突然かけられた言葉の意味がわからなくて、見上げた。

 その瞬間を待っていたかのように、ぐいと顎を持ち上げられて、いきなり間近に迫ったアキラくんの顔。

「二人きりになれた今、そんなもの邪魔にしかならないんだからな」

 瞳を見開いて、すぐに離れようとする私の腰を引き寄せて、アキラくんは笑う。

 あくまで軽い調子の笑い声に、余計恐怖を感じた。

「やっ……は、離して!」

 両腕を突き出して、精一杯の力でアキラくんの胸を押す。

 全く動じないまま、更に引き寄せられて、強く抱きしめられた。

「やっ、やだっ! 誰か――誰か助けて!」

 大きく叫んでも、アキラくんは動揺一つ見せない。

 にやりと笑いながら、「無駄だよ」と耳元で囁く。

「多忙なスターを手配するのはさすがに手こずったけど、まあ金を積めばできないことはないってわかったよ。幸い、オヤジのコネならいくらでもあるしな。おかげで――こうしてお前と二人きりになれた」
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