抹茶な風に誘われて。

Ep.14 紅葉雨

 夕刻、やっとくつろいだ表情を見せる静さんに連れられてきたのは、山の中にある老舗の旅館。

 趣きのある玄関を通って、一番奥の部屋に案内された私は、今更高まってきた緊張感に段々無口になっていた。

 仲居さんが用意してくれたお茶も喉を通らず、静さんが付けてくれたテレビも目に入らず、黙々と夕食を口に運ぶ。

 新鮮な川魚の塩焼きや鶏のお鍋に普段なら感心しているはずなのに、全く何を食べたのかもわからないぐらいだった。

 ――だって、今から静さんと二人でこの部屋に泊まるのだ。

 泊まるということがどういうことなのか、今の私ならなんとかわかる。

 そのまま東京へ帰ってもいいのだと、どちらにするか選ばせてくれた静さんに、自分で決めたのは私。

 だから、ちゃんと覚悟はできている、と思っていたのに……やっぱり二人きりでこうして向かい合っていると、どうしていいかわからなくなるのだ。

「……かをる」

「は、はいっ?」

 呼ばれてあわてて返事をしたから、声が裏返ってしまった。

 たちまちおかしそうに笑いながら、静さんが片手を差し伸べてくれた。

「何も取って食おうって言うんじゃない。ちょっとおいで」

「は……はい」

 やっと普通の声で答えて、手招きされるままに窓辺に行く。

 着物の前を少しはだけて、リラックスした様子の静さんが見上げるのは夜空。

 丸い大きな月が暗い山の中ですぐ近くに見えて、私は感嘆の声を上げた。

「わあ……綺麗! 星もあんなに……!」

「周りに灯りがないからよく見えるんだ。この辺の人間からしたら、都会でプラネタリウムにわざわざ足を運ぶ奴の気が知れんと思うだろうな」

「本当ですね。天然のプラネタリウムがあるんですもの」

 笑いあってやっと、優しい瞳で見つめられていることに気づく。

 また言葉を失う私の、熱を持った頬をそっと大きな手の平が包んだ。
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