抹茶な風に誘われて。
 藤田さんご夫妻の人柄と、昔ながらの商店街のあたたかさで、フラワー藤田は愛されてきたんだなあ、と改めて思うのはこんな時。

 普段のお店の仕事だけじゃなく、こうやって近隣の配達を手伝わせてもらうと、もっと実感する。

 私は花も大好きだけど、受け取ってくれる人たちの笑顔が本当に好きなんだって――。

 精一杯世話をして、綺麗に咲いてくれているお花を届けて、みんなが喜んでくれるのが嬉しいから。

 こんな私でも誰かの役に立ってるんだって思える瞬間だった。

 だけど――。

 カゴに残った最後の花を見て、なぜか緊張してくる。

 この花を届けて――受け取ってくれるあの人は、どんな顔をするんだろう。

 他のお客様と同じように、笑ってくれるんだろうか。

 どんな瞳で、私を見てくれるんだろうか――ぼんやりと思い浮かべているうちに、自転車は風を切って走り、いつの間にか駅前の大通りを過ぎ、指定された住宅街まで来ていた。

 最近建てられた新しい家の並ぶ筋を通り過ぎ、昔ながらの家が並んでいる路地へと入っていく。

 メモに書かれた住所には、その中でも一番古そうな木造の平屋が建っていた。

 路地のつきあたりになっているから、敷地は結構広くて、ゆったりとしている。

 表札の『一条』の文字――確かに間違いない。ここがあの人の家、なんだ。

 洗練されたマンションにでも住んでいそうなイメージだったけど、来てみたらこんなに懐かしい空気の漂う家に住んでいるなんて、なんだか不思議。

 でもこの家を見たら、あの涼しげな着物の彼にとってもよく似合うように思えてくる。

 門扉の前には朝顔の鉢植えがいくつか置かれていて、縁側のある庭には地植えにされたアジサイや、むくげの低木まで花を咲かせているのが見えた。

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