抹茶な風に誘われて。
 今日は土曜日、例の会話からちょうど一週間。

 茶道を介した俺とかをるの付き合いが始まる日だ。

 毎日掃除は欠かさないから、別に部屋が汚いわけでもなんでもない。

 口うるさいあいつらを黙らせるには掃除が一番という理由もないこともないのだが――なんとなく挨拶をしたい気分だったのだ。

 この家を遺した大八木の婆さんに、かをるをちゃんと顔見せさせるために。

 世の中から逃げるためじゃなく、世の中に自分の居場所を保つため――そうじゃなければこの家は売らないと、婆さんは言った。

 庭と茶道具の手入れを欠かさないこと、そんな表向きの条件より、婆さんにとって一番譲れないのはその気持ちだと。

 京都から逃げてきた俺と、京都から駆け落ちしてきた婆さんと、どこか境遇が似ていると言った俺に、婆さんはぴしゃりと言い渡した。

『甘えたこと言ってんじゃないよ。私は恋のため、あんたは自分のため。どっちがより高尚だと思う?』だと。

 七十を過ぎて店にふとやってきた、単なる面白い婆さんだと思っていた俺は、その時から負けだと感じていた。

 その論理がどうこうじゃなく、自分にはっきりと自信を持っていた婆さんに対して、だ。

 そんな婆さんなら、どう思うだろう。この俺の選択と、あの純粋な少女のことを。

 あの時は半分建前でそう言ったけれど、きっと婆さんにはお見通しだっただろう――俺が世の中から逃げていたことが。

 そんな自分が、少し変わりそうな予感がしていた。
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